エヴァンゲリオン TVシリーズ
第拾弐話「奇跡の価値は」より
第10使徒 サハクィエルに対しての作戦開始前、ミサトは 規則だと遺書を書くことになってるけどと言うが、シンジ、レイ、アスカの3人とも 遺書は書かないという。
そんな3人に対して
アスカにとってステーキは貧乏くさい
ミサト
「すまないわね。終わったらみんなにステーキおごるから!」
アスカ
「えぇっ、ほんと!?」
ミサト
「約束する!」
シンジ
「ワァーイ!」
アスカ
「忘れないでよ!」
ミサト
「期待してて!」
シンジ
「ご馳走といえばステーキで決まりか…」
アスカ
「今時の子供がステーキで喜ぶと思ってんのかしら。これだからセカンドインパクト世代って、貧乏臭いのよねぇ」
シンジ
「仕方がないよ、そんなの」
アスカ
「フン、何が「ワァーイ」よ、大袈裟に喜んだりしちゃってさ」
シンジ
「それでミサトさんが気持ちよく指揮できるんなら、いいじゃないか!」
アスカ
「さてと、せっかくご馳走してくれるって言うんだもの、ど・こ・に・し・よ・う・か・なっと!」
アスカ
「あんたも今度はいっしょに来るのよ」
レイ
「私、行かない」
シンジ
「どうして?」
レイ
「肉、嫌いだもの」
アスカは「あんたも今度はいっしょに来るのよ」とレイに詰め寄る。
作戦開始のエヴァ配置位置が ミサトの「女の感」という何たるアバウトな感じだが、無事サハクィエル殲滅。
その後、ミサトと3人は 約束通り食事をおごってもらう。
アスカ
「さぁ、約束は守ってもらうわよ」
ミサト
「はいはい、大枚おろしてきたから、フルコースだって耐えられるわよ。(…給料前だけどね)」
アスカ
「ミサトの財布の中身くらい、分かってるわ。無理しなくていいわよ。優等生も、ラーメンなら付き合うって言うしさ」
レイ
「私、ニンニクラーメンチャーシュー抜き」
アスカ
「私は鱶鰭チャーシュー、大盛りね!」
店主
「へい、鱶鰭チャーシュー、お待ち!」
シンジ
「ねぇ、ミサトさん…」
ミサト
「なぁに?」
シンジ
「さっき、父さんの言葉を聞いて、誉められることが嬉しいって、初めて分かったような気がする」
シンジ
「それに、分かったんだ。僕は、父さんのさっきの言葉を聞きたくて、EVAに乗ってるのかもしれないって」
アスカ
「あんた、そんな事で乗ってるの?」
シンジ
「…」
アスカ
「ほんとにバカね」
レイのことを「えこひいき」とも言いライバル視しているアスカだが「あんたも今度はいっしょに来るのよ」と つっけんどんな言い方ながら誘っている。
レイやシンジには負けたくはないし ライバルだと思っているのは間違いないが、使徒に対して 一人では太刀打ちできないことは 身をもって知っているアスカにとっては エヴァのパイロット達はやはり大切な仲間だ。
ステーキを「貧乏くさい」と言い、あっけらかんと「さてと、せっかくご馳走してくれるって言うんだもの、ど・こ・に・し・よ・う・か・なっと!」と言うのもいかにもアスカらしい。
認めてもらいたい人達 心療内科医による仏教的心理学(療法)の展開
子ども時代の体験は侮れない
母親の自死により 子供らしい子ども時代を過ごしたことがないであろうアスカにとって 人に甘えることや 自分の気持ちを素直に出すことが苦手であることは 容易に想像がつく。
子ども時代に親に甘えることが出来れば 安心感を得ることも出来るが、アスカの場合 安心感を得るためには 出来る自分をアピールして 認めてもらうことの方が先だった。
母親が精神崩壊したとはいえ その母親に認めてもらうのは至難の業だ。ましてアスカの母親は 人形をアスカだと思い込んでいたから 尚更そこに生身のアスカ自身が入り込むことは無理だった。
しかも母親は自死してしまい そも現場を目撃してしまう。母親に認めてもらおうにも その母親自体がいなくなってしまう。母親に認めてもらえなければ 母親以外の誰かに認めてもらおうとするのは 子供にとっていたって自然なことになる。
レイを誘っていることから アスカは本当は優しい。
エヴァンゲリヲン新劇場版:破で レイの食事会の計画と 3号機起動実験に日が重なった時、アスカは 3号機起動実験のパイロットを自らかってでている。
この時 守秘回線でのミサトとの会話で ミサトは「アスカはやさしいから」と言っている。
本当は優しいのに 素直に優しさを表現することは 弱みを見せるようで怖い。出来ることが大事で 承認欲求が強いアスカにとって 弱みを見せたら「負け」と感じるのかもしれない。
シンジに対しても「あんた、そんな事で乗ってるの?」と言い、「ほんとにバカね」とまで言ってのけるが、認めてもらいたいという承認欲求は どちらも同じだ。
だから虚勢を張る。言い方もきつくなる。アスカ自身無理しているとは認識していないが、無意識では無理をしている。TVシリーズでは その無理がキャパシティーを超え 精神を病んでしまう。
子どもの頃の体験は 心にずっと残り大人になっても消えることがない。意識していなくても 無意識に残り続ける。